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11月17日

汝、無垢なる刃!デモンベイン!

最近由於在寫作品的關係,我把斬魔大聖的幾個精彩部分又重新跑了好幾遍,不過每次看都會有感動的,還是最後決戰裡,九郎從絕望的幻覺醒過來的那一段:
 
侵されていたんだ犯されていたんだ冒されていたんだ……
成す術もなく邪悪に貪られていた…理不尽に、無意味に、ただ陵辱されていた……
 
それは、子供の明日を奪われた母親の嘆き。
それは、子供の明日を護れなかった父親の怒り。
それは、穢され続けてきた世界の、無力な憎しみ。
 
―だけど!それでも、それは怨嗟じゃないんだ!!
それは正しき怒りと憎悪!
涙を流し、血を流し、それでも歩く事を止めない、いつしか希望へ辿り付こうと言う命の熾烈な叫び!
全ての怒りと憎悪を清め、我が子に未来を遺したいと願う親達の優しき祈り!!
 
―お前達とは…違う!!!
 
 
一般來說,憎惡是種負面的情緒,但是,當這種負面的情緒是用來對抗同樣負面的事情,即使那憎惡足以將對方徹底吞沒、消滅,也是一種正義。如果所要對抗的是全世界共同的敵人,那就更是正義到無可反駁的地步了。這一段之所以讓我感動,我想就是因為這無可反駁的正義吧,單純又直接的針對整個故事的真正魔王挑戰,義無反顧地揮出斷魔之劍,雖然對於複雜的世界來說是種很偷懶的故事結局,但對於給人感動來說,單純就是最好的。